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楽しい人生日記

雑感、時々カメラ

影法師

小学生の頃は、特に目標も何も無かった。毎日楽しく過ごせれば良かったし、毎日が楽しかった。
中学生の頃は、定期テストで良い点数を取る事が目標だった。良い高校に入る事も、まあ目標だったが、目先の点数さえ良ければ十分だった。それで実際、トップの高校ではないにせよ、ある程度の高校に入学した。
高校生の頃も、定期テストで良い点数を取る事が目標だった。部活は適当にやっていた。人間関係をどうこうとか、そんな事を考えた事は微塵も無かった。良い成績を取り、国内でもある程度の大学に入った。
大学入学から大学2年生位までは、本当に何も考えていなかった。テストも拍子抜けする程簡単だったし、単位を落とさない程度の努力で上位に食い込んでいた。目標も何も無かったが、ふわふわした毎日を無感情に過ごしていた。
大学3年の時、勉強を始めた。ただ、何か目標があった訳ではなく。強いて言うなら、勉強するために勉強をした。特に数学は楽しかった。目的無く、数学の海に飛び込むのはとても心地良かった。そこで得た数学の何かが、物理やその他の知識に結び付く感覚が楽しかった。目標は無かった。そんなまま、修士に進学した。
修士に進学しても、ただ勉強だけしていた。目標はあった。有名な企業に入れれば、それで良かった。その後の事など考えていなかった。就活自体を頑張るというのは本末転倒という信念があったので、リクナビだとか、マイナビだとか、そういったものに登録したのは皆がスタートを切ってから1ヶ月以上後だった。
結果として、目標は達成した。
修士2年の研究生活は楽しかった。研究という行為には、正体は見えないが遥か彼方に一点に光る究極の目標がある。全ての研究はそこに繋がるとも言えるような、至上の目標のようなものがある。だから迷わず没頭できた。
しかし就職した。
目標を見失った。
何に向かって何をして生きるべきなのか、全く分からない現状。
とりあえず世間に知られている人を目指すように無意識の内に設定しているように感じるが、世間に知られている人などどれも天上の人達で、とても手の届く目標ではない。気がつくと
、どういう訳か周りの同期達も、先輩達も、職場の方々も、みんなが遥か彼方に居るように思え、何もない自分とのギャップが果てしない重さでのしかかる。そのギャップは、今まで見て見ぬ振りをしてきたものではないか。人との関係性だとか、精神的な成長だとか、見るに堪えないその惨状を、見る事からただ逃げ続けてきただけではないか。

もはや逃げ場はどこにも無い。逃げても逃げても、逃げた自分が追いかけてくる。

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